よお、兄弟。調子はどうだ?
レコード針を落とす手は震えてないか? それとも、最近じゃスマホの画面をタップするだけか? まあ、入り口なんてどうでもいい。大事なのは、そこから流れ出る音が「本物」かどうか、それだけだ。
今日はちょっと、酒の準備をしてから読んでくれ。
バーボンか、それとも苦味の効いたブラックコーヒーか。
これから語るのは、ロックシーンに巨大な「傷跡」を残し、今なおその傷を広げ続けている怪物、Nine Inch Nails(ナイン・インチ・ネイルズ)の話だからな。
お前も知ってるだろう? あの「N」が逆さまになったロゴマークを。
だが、あのロゴがプリントされたTシャツを着てる若造たちの中に、どれだけ本当の意味でこのバンドの……いや、この「プロジェクト」の凄まじさを理解してる奴がいるだろうか。
ナイン・インチ・ネイルズ(以下、NIN)ってのは、単なるバンド名じゃねえ。
トレント・レズナーという一人の天才が、己の精神を削り出し、血を流しながら構築した「痛み」と「再生」のドキュメンタリーなんだよ。
インダストリアル・ロックの帝王? 破壊のカリスマ?
そんな肩書きだけで分かった気になるなよ。こいつらの音には、もっとこう、人間の業(ごう)みたいなもんがこびりついてるんだ。
今回は、俺たちロック好きのオヤジ世代が愛してやまないNINの歴史、名盤、そしてトレント・レズナーという男の生き様について、5000文字かけてじっくりと語らせてもらう。
昔話も混じるが、付き合ってくれ。これは、俺たちの青春の傷跡の話でもあるんだからな。
第1章:クリーブランドの孤独な掃除係
時計の針を80年代後半に戻そうか。
あの頃のアメリカのロックシーンってのは、煌びやかなヘアメタルが我が物顔で闊歩していた時代だ。LAのサンセット・ストリップじゃ、化粧をした男たちが「女とドラッグ」を歌ってた。
だが、オハイオ州クリーブランドの片隅で、そんな浮かれた空気とは無縁の男がいた。
トレント・レズナーだ。
彼は地元のレコーディング・スタジオで、床掃除やトイレ掃除のバイトをしていた。だが、ただの掃除係じゃねえ。スタジオが空く深夜、彼はこっそりと機材を触り、自分の頭の中で鳴っている音を具現化しようとしていたんだ。
当時の彼は、クラシックピアノの教育を受けた素養がありながら、Princeのようなファンクやポップス、そしてMinistryやSkinny Puppyといったインダストリアル・ミュージック(工業的なノイズを取り入れた音楽)にのめり込んでいた。
「ポップなメロディ」と「無機質で暴力的なノイズ」。
水と油のようなこの二つを、トレントは孤独な夜に融合させようとしていたんだ。
誰の助けも借りず、すべての楽器を自分で演奏し、コンピューターに打ち込む。
NINが「バンド」ではなく「ソロ・プロジェクト」である理由はここにある。最初から最後まで、これはトレント・レズナーの脳内宇宙そのものなんだよ。
1989年、デビューアルバム『Pretty Hate Machine』が世に放たれる。
これが全ての始まりだった。
シンセサイザーの冷ややかなビートに乗せて、彼が叫んだのは「社会への怒り」であり、「報われない愛」であり、「自己嫌悪」だった。
代表曲「Head Like A Hole」を聴いてみろ。
「I’d rather die than give you control(お前の言いなりになるくらいなら死んだほうがマシだ)」
このフレーズが、当時の鬱屈したキッズたちの心にどれだけ深く突き刺さったか。
メタルヘッズも、パンクスも、ゴスも、みんな気づいたんだ。「こいつは俺たちの代弁者だ」ってな。
このアルバムは、じわじわと売れ続け、プラチナディスクを獲得する。
インダストリアルという、本来なら地下室で鳴っているようなマニアックなジャンルが、初めてメインストリームに風穴を開けた瞬間だった。
第2章:泥まみれのウッドストックと『Broken』
90年代に入ると、時代は大きくうねり始める。
ニルヴァーナが登場し、グランジ・ブームが爆発。ロックは「リアルな痛み」を求めるようになった。
そんな時代の空気の中で、NINはその凶暴性をさらに加速させる。
1992年にリリースされたEP『Broken』。
これはもう、聴く劇薬だ。レコード会社とのトラブルで溜まりに溜まったストレスを、そのまま音に叩きつけたような作品だ。
「Wish」や「Happiness in Slavery」のミュージックビデオを見てみろ。あまりに残虐で、放送禁止になったレベルだ。だが、その過激さが逆にカリスマ性を高めた。グラミー賞のメタル・パフォーマンス部門を受賞しちまうんだから、世の中面白いよな。
そして、NINを語る上で絶対に外せない伝説がある。
1994年の「ウッドストック・フェスティバル」だ。
愛と平和の祭典? 笑わせるな。あの日のNINのステージは、地獄の釜の蓋が開いたような光景だった。
直前の雨で会場は泥沼状態。ステージに現れたトレントとメンバーたちは、頭のてっぺんからつま先まで、全身泥まみれだった。
演出じゃないぜ。彼らはステージ裏の泥溜まりで取っ組み合いをして、そのまま飛び出してきたんだ。
泥人形のような男たちが、機材を破壊し、互いにぶつかり合いながら、シンセサイザーをひっくり返し、絶叫する。
観客も狂ったように泥を投げ合い、モッシュする。
その光景は、神々しいほどに破壊的で、ある種のアートだった。
「こいつらは本物だ」
世界中がそう確信した。スタジオに籠もってチマチマ音を作ってるオタクだと思ってたら大間違いだ。彼らはステージの上で血を流す、真正のロックスターだったんだよ。
このライブで、NINの名前はロックの歴史に深く刻み込まれた。俺もあの映像を見た時、鳥肌が止まらなかったのを覚えてるぜ。
第3章:底なしの螺旋階段『The Downward Spiral』
ウッドストックと同じ年、1994年。NINは最高傑作にして最大の問題作『The Downward Spiral(ザ・ダウンワード・スパイラル)』をリリースする。
なあ、このアルバムを聴く時は覚悟してくれよ。
これは、一人の男が精神の均衡を失い、自滅へと向かっていく過程を描いたコンセプトアルバムだ。タイトル通り「下向きの螺旋」を転げ落ちる物語だ。
レコーディングされた場所も曰く付きだ。あのチャールズ・マンソン・ファミリーによるシャロン・テート殺害事件が起きた家(シエロ・ドライヴ10050番地)だ。トレントはそこにスタジオを作り、狂気と向き合った。
(後に彼は、被害者の遺族と会い、その軽率さを悔いてスタジオを出ることになるんだが、その事実も含めて、このアルバムには死の匂いがこびりついている)
オープニングの「Mr. Self Destruct」から、マシンガンのようなビートと悲鳴のようなノイズが襲いかかる。
そして中盤の「Closer」。
「I want to fuck you like an animal(獣のようにお前を犯したい)」という、あまりに過激で、しかし倒錯した神への祈りにも似た歌詞。
この曲のリズム、独特の粘り気のあるビートは、ファンクの影響を受けている。だからこそ、生理的に腰にくる。MTVで「Fuck」の部分が無音処理されたバージョンがヘビーローテーションされ、全米ヒットしたんだ。90年代ってのは、どうかしてて最高に面白い時代だったよな。
そして、アルバムの最後を飾る「Hurt」。
不協和音のノイズが風のように吹き荒れる中、消え入るような声で歌われるバラードだ。
「今日、自分を傷つけてみた/まだ何かを感じられるか確かめるために」
これほど痛々しく、これほど美しい曲を、俺は他に知らない。
後にカントリー界の巨匠、ジョニー・キャッシュが晩年にこの曲をカバーした話は有名だ。
キャッシュが震える声でこの曲を歌い、自身の人生を振り返るようなミュージックビデオを見た時、トレント自身が「この曲はもう俺のものじゃない、彼のものだ」と語ったという。
若者の絶望が、老境の男の人生の重みと共鳴したんだ。世代を超えて「痛み」がリンクした、ロック史に残るエピソードだぜ。
第4章:沈黙、混沌、そして『The Fragile』
『The Downward Spiral』で頂点を極めた後、トレント・レズナーは長い沈黙に入る。
完璧主義者である彼は、自身が作り上げた巨大な虚像とプレッシャー、そしてドラッグやアルコールの問題と戦っていた。
うつ病、創作の苦しみ、祖母の死……彼はボロボロだった。
5年後の1999年、ようやく届けられたのが2枚組の大作『The Fragile(ザ・フラジャイル)』だ。
これは……当時は賛否両論だった。
前作のような分かりやすい攻撃性は影を潜め、より内省的で、アンビエントやインストゥルメンタルを多用した、複雑怪奇な迷宮のようなアルバムだったからだ。
だがな、俺みたいなオヤジになると、このアルバムの良さが骨身に染みてくるんだよ。
『The Downward Spiral』が「落下」だとしたら、『The Fragile』は「瓦礫の中でのあがき」だ。
壊れた破片を必死に拾い集め、なんとか形にしようとする男の姿がそこにある。
「We’re in This Together」という曲を聴いてみろ。
ノイジーなギターの壁の中で、トレントは「俺たちは一緒にいる」と叫ぶ。絶望の中に見えた、微かな光だ。
音響の作り込み、レイヤーの厚み、感情の解像度において、このアルバムは芸術品の域に達している。ヘッドホンで聴くたびに新しい音が発見できる。これぞ「音の建築家」トレント・レズナーの真骨頂だ。
第5章:マッチョな健康体と『With Teeth』
2000年代に入り、NINは再び変化する。
長いリハビリを経て、ドラッグとアルコールを断ち切ったトレントが帰ってきたのだ。
2005年、『With Teeth』リリース。
ファンは度肝を抜かれた。
なにせ、メディアに現れたトレントが、ムッキムキのマッチョになっていたからだ。
昔の、青白くてヒョロヒョロで、今にも死にそうだった「ゴスの王子様」はどこへ行った?
短髪で筋肉質の男が、マイクスタンドをへし折る勢いで歌っている。
「健康的すぎてロックじゃねえ」なんて言うへそ曲がりもいたが、俺は嬉しかったね。
あのまま死んで伝説になる道もあっただろう。カート・コバーンのように。
だが、トレントは「生きる」ことを選んだ。
音がそれを証明していた。ソリッドで、骨太で、グルーヴのあるロックンロール。
デイヴ・グロール(Foo Fighters)がドラムで参加したこともあり、リズムがとにかく強力だ。
「The Hand That Feeds」のストレートな高揚感。
彼はサバイブしたんだ。地獄を見て、そこから這い上がってきた男の強さが、ここにはある。
この頃から、NINはライブバンドとしても完成の域に達していく。サポートメンバーも凄腕ばかりを集め、以前のような「カオスな暴動」から「完璧にコントロールされた爆音のショー」へと進化したんだ。
第6章:未来をハックする男
トレント・レズナーという男が凄いのは、音楽性だけじゃない。
彼はいつだって、テクノロジーとビジネスの最先端を走っていた。Apple信者としても有名だしな。
2007年の『Year Zero』では、アルバムの世界観を現実世界に拡張する「ARG(代替現実ゲーム)」を展開した。
USBメモリをライブ会場のトイレに隠し、拾ったファンに未発表音源と暗号を拡散させる。ネット上の架空のWebサイトを通じて、近未来のディストピアの物語をファン自身に探らせる。
今のSNSマーケティングなんか目じゃない、とんでもない仕掛けだった。
そして2008年、『Ghosts I–IV』と『The Slip』。
彼はレコード会社との契約を切り、これらのアルバムをネットでいきなりリリースした。しかも一部は無料、またはクリエイティブ・コモンズ・ライセンスで素材を解放してな。
Radioheadも『In Rainbows』で似たようなことをやっていたが、トレントの動きの速さと「ファンとの直接的な繋がり」を重視する姿勢は、その後の音楽ビジネスのあり方に一石を投じたんだ。
後にBeats MusicのCCOに就任し、それがApple Musicへと繋がっていくのも、彼がデジタル音楽の未来を見据えていたからに他ならない。
ただのミュージシャンじゃない、彼はビジョナリーなんだよ。
第7章:映画音楽の巨匠として、そして現在
最近の若い奴らは、トレント・レズナーを「映画音楽の人」として知っているかもしれないな。
それも無理はない。
デヴィッド・フィンチャー監督の『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)で、彼と盟友アッティカス・ロス(今やNINの正式メンバーだ)はアカデミー作曲賞を受賞しちまったんだから。
あの映画の冒頭、Facebookが誕生するまでの不穏でスリリングな会話劇の裏で鳴っていた、あのピアノとノイズ。あれこそがNINの音だ。
彼は「歌」を封印しても、その「音」だけで世界観を支配できることを証明した。
その後も『ドラゴン・タトゥーの女』、『ゴーン・ガール』、そして驚くべきことにピクサーのアニメ『ソウルフル・ワールド』まで。
かつて「お前を獣のように犯したい」と歌っていた男が、ディズニー映画の音楽で2度目のオスカーを獲る。
こんな痛快なサクセスストーリー、誰が予想できた?
だが、聴けばわかる。どんなに洗練されても、そこには彼特有の「影」と「温もり」が同居しているんだ。
2020年にはロックの殿堂入りも果たした。
授賞式でのスピーチで、彼は感謝を述べると同時に、まだクリエイティブな旅は終わっていないことを強調していた。
イギー・ポップがプレゼンターを務めたってのも、熱い話じゃないか。
結論:なぜ今、ナイン・インチ・ネイルズなのか
長々と語っちまったが、結局何が言いたいかって?
ナイン・インチ・ネイルズは、単なる「90年代に流行ったインダストリアル・バンド」じゃねえってことだ。
トレント・レズナーは、常に自己を更新し続けてきた。
怒りに身を任せていた若者が、絶望の淵を覗き込み、中毒を克服し、肉体を鍛え上げ、テクノロジーを飼い慣らし、映画音楽の巨匠になり、それでもなお、ノイズの中に「美」を探し続けている。
今の世の中、小奇麗で耳障りのいい音楽はいくらでもある。AIが作った完璧なポップソングだってあるだろう。
だが、人間の心の奥底にある「説明できない不安」や「苛立ち」、そして「壊れそうな脆さ」に、これほど正確な「音」を与えてくれるのは、今でもNINだけだ。
機械的なビートの中に宿る、血の通った叫び。
これこそがロックの本質だと、俺は思うんだよ。
もしお前が、日々の生活で息苦しさを感じていたり、飼い慣らされた日常に唾を吐きたくなったりしているなら。
あるいは、単に「本物の音圧」に打ちのめされたいなら。
ヘッドホンをつけろ。音量を上げろ。鼓膜が震えるくらいにな。
そして、ナイン・インチ・ネイルズを聴け。
そこには、お前自身の影が映し出されているはずだ。
そして、その影の向こう側に、強烈な光が見えるはずだ。
それが、俺たちオヤジが未だに彼を追いかけ続ける理由なんだよ。
さあ、話はこれくらいにして、もう一杯やるか。
BGMはもちろん、『The Downward Spiral』だ。
いい夜になりそうだろ?



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