最近「シティポップ」という言葉を耳にしすぎて、少しうんざりしていないか?
山下達郎、竹内まり等を代表するシティポップの音楽——彼らの音楽が世界中の若者に再発見されているのは、本当に素晴らしいことだ。文句はない。
だがは思う。その陰で、同じ時代に鳴り響いていた「邦楽ロック」が、まだ十分に再発見されていない、と。
80年代の日本には、シティポップとは全く異なる「もう一つの顔」があった。パワフルで、荒削りで、時に危険で、しかし確かな「かっこよさ」を持ったロックバンドたち。今日はそこを掘り下げる。
シティポップブームが見逃しているもの
シティポップが世界でウケた理由は、その「洗練されたサウンドプロダクション」と「都会的な哀愁」にある。80年代の日本のスタジオミュージシャンたちが作り上げた、異常なほどクオリティの高いサウンド——それが2020年代の世界の若者の耳に刺さった。
だが同じ80年代の日本には、もう一つの音楽シーンが燃えていた。ライブハウスの煙と汗の中で鳴り響いた、骨太なロックンロール。社会への怒りをパワーコードに変えたパンク。都市の路地裏を走るような疾走感。
彼らはシティポップのようにYouTubeでバズることなく、サブスクでの露出も少ない。だから「再発見」されていない。だが音楽の質という観点で見れば、世界基準で十分に戦える連中だ。今日は24組のバンドを一挙に語り倒す。
今こそ聴き直すべき80年代邦楽ロック
表記【数字→A→Z→あいうえお順】
44MAGNUM(フォーティーフォーマグナム)
日本のハードロック・ヘヴィメタルシーンを語る上で外せない存在。
PAULのボーカルとJIMMYのギターを中心にした彼らは、80年代に海外でも評価された数少ない日本のロックバンドの一つだ。
ヨーロッパのメタルシーンとも渡り合えるサウンド。日本のロックが世界に通用することを、体を張って証明した先駆者たちだ。
ARB(エー・アール・ビー)
石橋凌率いるARB(初期はギター・リーダーの田中一郎)は、社会への怒りをストレートなロックに乗せた。The Clashと比較されることもあったが、ARBはARBで唯一無二だった。
特に 魂こがして のような曲には、日本語ロックの可能性が凝縮されている。英語じゃないと「ロックらしくない」なんて偏見を、一発で吹き飛ばしてくれる。石橋凌の声には「痛み」がある。ただかっこいいだけじゃなく、その奥に本物の怒りと哀愁が宿っている——それがARBを特別な存在にした。
AUTO-MOD(オートモッド)
日本のゴシック・パンクの先駆者。
AUTO-MODは、単なるパンクバンドではなかった。
デス・ロック、ゴシック・ロック、ポスト・パンク——欧米でも80年代に芽吹いたばかりだったそれらのサウンドを、いち早く日本に持ち込んだのがAUTO-MODだ。コスチュームとメイク、退廃的な世界観——後のヴィジュアル系シーンへの影響は計り知れない。シティポップが「都会の光」を歌ったとすれば、AUTO-MODは「都会の闇」を鳴らした。
BARBEE BOYS(バービーボーイズ)
杏子とコンタのツインボーカル。この組み合わせがBARBEE BOYSを唯一無二の存在にした。
男女のボーカルがステージ上で火花を散らし、時に挑発し、時に絡み合う——そのドラマ性はどのバンドにも真似できなかった。負けるもんか 、目を閉じておいでよ ——ヒット曲の粒が揃いすぎている。
「ロック」でありながら「エンタメ」として完成していた、稀有なバンドだ。
BO GUMBOS(ボ・ガンボス)
どんとが率いたBO GUMBOSは、ロック、ブルース、ファンク、ジャズ、ケイジャン——あらゆる音楽を飲み込んだ。
「日本語ブルース」という言葉がしっくりくる。どんとの声には、なぜか「土の匂い」がする。都会的なシティポップとは真逆の、泥くさくて生々しい音楽。どんとは1999年に逝ってしまったが、彼が残した音楽は今も生きている。
BOøWY(ボウイ)
80年代邦楽ロックを語る上で、BOøWYは絶対に避けて通れない。
氷室京介と布袋寅泰の黄金コンビが生み出したロックは、日本のロック史上最大の「事件」の一つだ。
B・BLUE、Marionette、わがままジュリエット——どれも今聴いても色褪せない。
布袋のギタープレイは当時から世界水準だったし、氷室の「日本語で洋楽的なグルーヴを出す」手法は今に至るまで多くの後継者に影響を与えている。
1988年の解散コンサートに13万人が集まったという伝説は、解散して40年近くになるにも関わらず今も語り継がれている伝説のバンドである。
COMPLEX(コンプレックス)
布袋寅泰と吉川晃司。この二人が組んだら最強に決まっていた。
1989年のデビューからわずか2年で解散。その短命さが伝説に拍車をかけた。
BE MY BABY のポップでありロック、恋をとめないで の疾走感の中にドラマ性——残したものは少ないが、一つ一つの密度が半端ない。
あまりにも活動期間が短すぎて「もっと続けてほしかった」という声が多かった。
2011年には東日本大震災の復興支援として再結成ライブを実施。
そのことも含めて、COMPLEXは日本人の心に特別な場所を持っている。
GASTUNK(ガスタンク)
ハードコアとヘヴィメタルの融合をいち早く試みた先駆者。
「メタルコア」という言葉が生まれるはるか前に、その音楽を日本でやっていたのがGASTUNKだ。
BAKIのボーカルは圧倒的だった。叫ぶというより「壁を砕く」ような声。その破壊力は今聴いても色褪せない。
日本のヘヴィミュージックシーンへの影響は絶大で、多くの後輩バンドがGASTUNKへのリスペクトを語っている。
2026年現在は、TATSUとBABYにて活動を行っている。
JUN SKY WALKER(S)(ジュンスカイウォーカーズ)
「ジュンスカ」といえば、青春ロックの純粋な結晶だ。
全部このままで、素敵な夜空に、MY GENERATION など——シンプルで力強いメロディーに、胸に刺さるような歌詞。
テクニックを見せびらかすことなく、ただひたすら「伝える」ことに徹したそのスタイルは、今の時代に改めて輝いている。
2026年、現在サポートベースに市川勝也を迎えてライブを各地で行っている。
LAUGHIN’NOSE(ラフィンノーズ)
日本のパンクシーンを語る上で外せない存在。
チャーミーのボーカルは唯一無二で、彼らが鳴らしたパンクにはポップでありながら怒りと人間臭さが同居していた。
GET THE GLORY、BROKEN GENERATION——ライブバンドとして圧倒的なエネルギーを持っていた。
後輩バンドたちへの影響も大きく、Hi-STANDARDの難波章浩をはじめ多くのミュージシャンがリスペクトを語る。
メンバーが変わりながらも、40年以上活動してきている。
2026年現在も、全国をライブツアーで回り続けるレジェンドである。
PERSONZ(パーソンズ)
JILLのボーカルを中心にしたバンド。女性ボーカルのロックバンドが今ほど当たり前でなかった時代に、PERSONZはそのフロントに堂々と立っていた。
DEAR FRIENDS、Dreamers——ハードでありながら美しいメロディーラインは、今聴いても心を打つ。JILLの声は「強さ」と「繊細さ」を同時に持っていた。それが他の誰にも真似できないPERSONZのアイデンティティだった。そして2026年現在も音楽を届けている。


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